喫茶喫飯(きっさきっぱん)という言葉があります。
ゆっくりと小さなおやつを味わいながら、自分自身を見つめ直し、忙しさにかまけて見失いがちだった、「自分が何を大切にして生きているか」を感じるワークショップです。
例えば「目の前の食べ物は、誰が、何を使って生産し、どのような人が関わってここに運ばれたのか想像してみて下さい」というふうに問いかけます。はじめは農家の人やお店屋さん、料理をした人といったものを思い浮かべます。
さらに、トラックの運転手や道路を作った人など流通に関わる人や、種苗を日本に輸入した人や栽培のノウハウを構築した人など、歴史の中で関わってきた人にも思いが及ぶでしょう。
今回のマインドフル・イーティングのワークショップを開催していただくのは、当日のランチもご提供くださっている、浄土真宗東本願寺派緑泉寺の住職で料理僧として活躍する青江覚峰さんです。じっくりとチョコレートを味わいながら、あらためて自分と向き合い、マインドフルな時間を体験します。
チョコレートは本物にこだわり、選び抜かれたカカオ豆と砂糖だけでつくられた”Minimal”というブランドをチョイス。起業家・山下貴嗣さんが豆の仕入れから完成まで、生産者・製造者・消費者を繋いだ”Bean to Bar”の先駆けとして、日本に新しい文化を生み出した逸品です。
青江さんがフォーカスする、今、この瞬間の自分の心。山下さんが”Minimal”というブランド名に込める「本質以外をそぎ落とす」という理念。これらがワークショップでどんなフュージョンをもたらすことになるのか。そしてそれはティールとどう関わるのか。お二人に語っていただいた対談をお届けします。
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執筆:加藤紀子
── 今、なぜ日本で『ティール組織』が注目されていると思いますか?
青江:これまで経済が前提としてきた”発展”というものが限界にきているにもかかわらず、僕らはまだ、無理をしてでも発展し続けようとしている状況にいるのではないでしょうか。
ティールはその対極にあって、SDGsという言葉から”Development”、すなわち”発展”を省いた形のように感じます。持続可能な世界をつくっていくときに、僕らがどうあるべきかという課題へのよりどころになるのかな、と。
本の中で一番印象的だったのは、意思決定やプランニング、管理などの文脈に”感情”や”気分”という言葉があったことです。「戦略はセルフ・マネジメントができる従業員の集団的な知性から自然発生的に現れる」と書かれていますが、これって一人ひとりが個人的な感情も含めて自分自身をさらけ出し、お互いの信用のうえに組織が回っていくということですよね。
つまり、組織の一人ひとりが「あなたは何者ですか?」と問われ、それに対して自分なりの答えを求められるようになってきている。もっと突き詰めると、人間の存在の根本はどこにあるかっていう問いに行き着きます。それこそが哲学であり、宗教なんです。ようやく宗教と経済がマージするようになってきたのかなと感じます。
山下:僕がカカオ豆を仕入れに行くアフリカでも、都市部のインフラはかなり整ってきています。そうした様子を目にすると、世界経済全体で社会の富のパイを取り合うのって、もう飽和状態に近いんじゃないかと僕も実感しています。
これまでは世界を見渡せばまだまだ大きなパイがあって、一人ひとりが何かを考えなくても、ピラミッド型の組織でトップの指示通り動けば問題なく機能し、右肩上がりに成長できていた。ところが今は、経済的なインセンティブがほぼなくなっているところに、その上意下達の組織だけが残ってしまっている気がします。
そうした根源的な社会の変化の中にあって、従来のピラミッド型の組織では求められることがなかったセルフ・マネジメントや存在目的、個人の使命といった言葉に注目が集まっているのではないでしょうか。
── お二人はそれぞれの立場から、ティールという概念をどのように捉えていますか?
青江:僕はティールというのは新しく生まれた概念ではないと思っています。日本の歴史を紐解いても、例えば江戸時代の慣習だった”ツケ払い”のように、一人ひとりが個性を認めあい、信頼しあって成り立つ社会が実際にありましたし、哲学や仏教の世界でも、自分とは何かとは普遍的に問われ続けてきたことです。
だからティールにしろマインドフルネスにしろ、昔から僕らの身近にあったものがあらためて言語化され、体系化されて力を得ただけであって、むしろ温故知新のようなものではないかなと。従順に従ってきた組織からいきなり、自分は何者か自分の頭で考えろと突き付けられるのは確かに酷ですが、だからといって得体の知れないものだと身構える必要はないと思っています。
山下:僕の会社は「チョコレートを新しくしたい」と思うミッションにワクワクして集まった仲間がそれぞれの個性を発揮し、さらにお互いの個性を掛け合わせてケミストリーを起こすことを目指しています。”Minimal”というひとつの未完の作品に、社員全員が”作り手”として参加することがクリエイティブなものを生み出すと信じていて、そういう点では僕らもティールなのかなと思いますね。
── 今回の「マインドフル・イーティング」には、どんな思いが込められているのでしょう?
青江:「自分が何者か?」なんてこれまで考えることがなかった人のほうが多いと思うので、「まずは自分と向き合ってみよう」というのが私の一番の思いです。今、この瞬間の自分と対話し、わきあがってくる感情を体感してもらいたいなと思っています。
ところで”いただきます”という言葉って、いつから使われていると思います?
山下:日本の古くからの習慣というイメージが強いですけど。
青江:実は昭和26年からなんです。
山下:えー? 意外と新しいんですね。
青江:戦後、学校給食が全国に普及し、当時の文部省が食前の言葉として”いただきます”という言葉を普及させました。それより以前は、食前には何もいわずに食べる地域も結構多かったようです。ただし地域によっては、今から約1400年ほど前の唐の時代に記された「四分律行事鈔(しぶんりつぎょうじしょう)」の中にある「五観の偈(ごかんのげ)」というお経が”いただきます”の代わりでした。これは今でも主に禅寺で、食事も修行のひとつと捉え、食前に唱えられています。
今回はこの「五観の偈」を一文ずつ考えながら、山下さんのチョコレートを5回に分けてじっくりと味わって頂きます。
「五観の偈」を簡単に説明すると、1つ目は、「功の多少を計り、彼の来処を量る」。目の前のチョコレートは一体どこから来たのだろう、カカオ豆をつくっているのはどんな人たちだろう…自然、歴史、関わっている人々など、いろいろなことを想像し、一人ひとり、一つひとつに、ありがとうと感謝をします。
2つ目は、「己が徳行の、全欠を忖って供に応ず」。食べるということは、他の生き物の命を口にして自らのエネルギーにすること。自分は食べるに値するだろうかと考えてみます。
3つ目は、「心を防ぎ過を離るることは、貪等を宗とす」。もっと、もっととむさぼるような気持ちはいつ出てきたか。貪欲さや偏見、差別といった心を起こしていないかを振り返ります。
4つ目は、「正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり」。今から頂くものは、私たちの身体の一部となるもの。口にしてから消化され、自分の体の隅々に運ばれ、一部になっていく様子を想像してみます。
5つ目は、「成道の為の故に、今此の食を受く」。食事を頂かないと人間は死んでしまう。ではなぜ生きることを選ぶのか。何のために生きるのか。生きるってなんだろう。答えを出すことが目的ではありませんが、この瞬間に少し考えてみます。
── マインドフルネスで有名な、レーズンを食べる瞑想法みたいですね。
青江:そのレーズン・エクササイズ(レーズンを一粒つまみ、見た目や匂い、触感、味、風味、のど越しなどを通じて、五感を研ぎ澄まそうとする練習法)はこの「五観の偈」の一部で、ジン教授が4つ目の偈文に着想を得たものなんですよ。
山下:同じチョコレートを食べているのに、5回それぞれに味わいや感じる香りが変化するから本当に不思議ですね。
青江:そうなんです。我々は毎日このお経を読んでいるんですが、日によっても響くところが変わるんですよ。それは人間が生きている背景も違えば、その日の気分や生き様も違うからなんですね。
山下:チョコレートにも似ているところがあります。同じ農園で同じ人が同じ木から取っても、麻袋ひとつで味はまるで変わってしまう。カカオ豆も人の心のように”一期一会”です。
── 山下さんのチョコレートって、良質のカカオと砂糖だけでつくられているから雑味が全くなく、まさにミニマル。だからこそ、意識が集中しやすいように感じます。
山下:僕らのチョコレートは”引き算”でつくっています。元々はチョコレートって、カカオ豆と砂糖をベースに、ミルクチョコレートならミルクや香料、乳化剤など”足し算”してつくっていくものなのですが、僕らは素材のシンプルな味を引き出したい。だから原材料はカカオが70%、砂糖が30%だけにして、他を一切そぎ落としているんです。
僕はこのミニマルでシンプルなつくり方だからこそ、カカオの持つ”表情”が楽しめると思っています。カカオ豆って実は、最初はトロピカルフルーツみたいにカラフルな実なんですよ。けれども同じ品種で同じ木に育っても、発酵・乾燥の過程で、土着の酵母や菌によってカカオの”表情”はどんどん変わっていきます。だからこそ、その原産地のその時の雰囲気を感じられて、その豆の個性が際立つチョコレートができるんです。
ワークショップでは、口の中に甘さの後にくる苦味とか、喉の奥のほうに触れる果実のような酸味とか、食べ終えて鼻から香りが抜けた後にもう一回味わいが戻ってくる感覚とか。そういう繊細でユニークな変化を楽しんでいただけると嬉しいです。
※山下貴嗣さん(左)と青江覚峰さん(右)